来年2020年は、いよいよ東京オリンピック。昨年2018年に福井国体が開催され、オリンピックへの出場も期待されるスポーツ選手の真剣勝負を目の当たりにして、スポーツ熱が高まっている福井県ですが、小浜市の「箸」の会社が何やらスポーツクラブを始めたということで調査に行ってきました!

お盆が過ぎてもまだまだ日差しの強い8月18日、日曜日の小浜市総合運動場。なんとこの日は、北京オリンピック 4×100mリレーの銀メダリストである高平慎士(たかひら・しんじ)さんを招き、小学生・中高生の子どもたちを対象に陸上教室が開かれました。

なぜ、メダリストが小浜市に?

「マツモトスポーツクラブ」を立ち上げた松本啓典(まつもと・たかのり)さんは、小浜の地場産業である塗箸メーカー 株式会社マツ勘の常務取締役をつとめる4代目。家業を継ぐことを決意するまで、高校・大学・社会人と陸上選手として全国区で戦ってきたアスリートでした。松本さんも所属していた順天堂大学陸上部の先輩後輩という縁で、メダリストの高平選手を小浜に呼ぶことができたのです。

「陸上」というと(特に走る競技において)、あまり経験のない私から見れば、たった数秒のところで競い合いながらも孤独であるというかなりストイックな競技で、選手は「どこに楽しみを見出しているのだろう?」と疑問に思うほどでした。

しかし、高平さんと松本さんのお話を伺い、子どもたちが実際に走っている姿を見た時、その考え方は180度変わってしまいました。陸上は、一番自分自身に向き合うことができる「哲学」に近いスポーツなのかも、と。

地域をつなぐ『かけ箸プロジェクト』

ふだんの松本さんは、2011年にマツ勘に入り、現在は商品企画を担当しています。「nendo」の佐藤オオキ氏とのプロジェクト『by/n』の中で箸商品開発に携わったり、箸の製造過程で生まれる廃材を使ったバイオマス事業を開始したりと、箸文化を通じて地域や社会との関わりを広げ、深める活動を続けてきました。

塗箸という地場産業に関わることになった松本さんにとって、陸上競技という貴重な経験を地元の子どもたちに還元しようと思ったのは、とても自然なことでした。(※「マツ勘」でピンときた方は鋭い!拙書である「はしはうたう」の制作にもご協力いただいたのも、マツ勘さんです)

そして、マツ勘が創業100年を迎えるにあたり、小浜の地域の人々とこれからの100年を共に創り上げていくための機会を創出するプロジェクト『かけ箸プロジェクト』を始動。

まずは、松本さん自身の陸上経験を活かして親子参加型のスポーツクラブを発足し、陸上競技を通じて世代と地域の「架け橋」になるべく新しい試みが始まっています。

彼にとってこの活動は、大きく人生に影響を与える陸上の世界に引き入れてくれた先生への恩返しでもあるそう。陸上への情熱と共に、世代や地域を超えた愛情のやりとりが、今後、未来を築く子どもたちにとってかけがえのないものになる予感がします。

陸上を通して「自分で考える力を」

松本さんの大学の先輩である高平さんは、陸上競技の本質を伝えるため、陸上教室の活動を現役の頃から行なっていたそう。北海道出身である高平さんと同じように、「地方」で頑張る子どもたちにどんな思いで接しているのでしょうか?

「僕自身、地元で本物に触れていたかというと、少ない方ではなかったかと思います。本当の『本物』というのは、例えば小浜から選手が生まれ、本場で活躍をした人が地元に帰って直接伝えていくこと。同じ地域で生まれ育った人からの言葉と経験が、一番の本物になりますから」

「僕が伝えたいのは、足が速くなる技術は当然ですが、同じ練習をする中で、『この練習はなぜ必要なのか?』『自分は何ができ、何ができないのか?』という問いかけと行動ができることなんです。コンディションはいつも同じではないし、コーチも本番の瞬間にはそばにいてくれません。いつも大事な時は自分自身で判断をしなければならない。陸上を通して、自分で考える力を身につけてほしいんです」

生まれ育った場所で、自分で考え行動し、視野を広くもつ力を身につければ、環境や人に依存することなく技術と心を磨くことができる。子どもたちはもちろんですが、今の私自身にもとても響く言葉でした。

今、自分が持っている得意なこと、技術を通じて、地域の中の人たちにどう還元していくか。技術と思いが伝わった時、心の交流が生まれ、「地域愛」が育まれることは間違いないでしょう。

地場産業とスポーツが掛け合わさって、さらに地域の架け「はし」となる活動。これからも目が離せません。